親子ですすめるドットカム運動〜妙一会活動〜
  平成18年(第18回)

  • 「どんなもんだぃコンクール」は、平成元年に“子供たちの自由な発想と豊かな感性を育もう”との思いから始まりました。
  • 毎年、全国から寄せられた個性豊かな作品の中から、大賞、金賞(作文、習字、絵画、工作・手芸の各部門)が選考され、4月の「釈迦殿妙一会お花まつり」の席上で、各入賞者が発表されます。
  • 第18回どんなもんだぃコンクールの入賞作品をご覧ください。

大賞

<作文の部> 鈴木 晶子(4年生)東京都
作品名:「おばあちゃんへの車イスプレゼント…」
 私は、小学4年生です。私は、ねたきりのおばあちゃんと、お父さんとお母さんと、おねえちゃんと、知子おばちゃんとみんなで「三者のみろく山」に参加していました。きょ年の4月29日、第四しぶのせい年部みろく山と三者のみろく山の参加者せつめい会で「プルタブのある人はこの箱に入れてください」と言っていました。私は、「プルタブってなんだろう」と思い、お母さんに聞いてみると「かんのフタだよ」と言われました。プルタブの事をくわしく聞いてみると、「プルタブをいっぱい集めると、車イスがもらえるんだよ」と聞いて、ビックリしました。  

  私は、おばあちゃんのために車イスを送りたくて、プルタブを集めてみたいなと思い、学校に行って先生に、「車イスをおす人にあげたいのでプルタブを集めてもいいですか」と聞きました。先生は、「いいですよ」と言ってくれて、帰りの会でみんなにせつめいしました。クラスのみんなは、「いいよ」とさんせいしてくれました。

 私はさっそく、ぎゅうにゅうパックと、コーヒーのかんを教室の中におきました。ふくろにいっぱいになって、石井しぶのつどいにもって行きました。そこで、石井しぶちょうさんに「すごいね」と言われ、“もっと努力して人のためにがんばろう”と思いました。

 ずっといまでもプルタブを集めています。私がおばあちゃんと三者のみろく山に行っていなければ、プルタブの事を知っていなかったと思います。

 おばあちゃんは昨年の12月1日に亡くなってしまったけれど、プルタブの事と、人の役に立つ大切さをおしえてくれたおばあちゃんにかんしゃしたいです。おばあちゃんのために、おきょうをがんばりたいです。今年はおばあちゃんがいないけれど、ボランティアとしてお母さんと「三者のみろく山」に行きます。これからもずっと行こうと思います。


楽しかったおばあちゃんとの思い出を作文に込めました。おばあちゃんが近くにいるような感じがして、今でもプルタブを集めています。

各部門金賞

<絵画の部> 村下 明(6歳)兵庫県

作品名:「私のかぞく」


お花とか好きな果物とか、いっぱい描きました。


<絵画の部> 村下 遼(5年生)兵庫県

作品名:「ぼくの 大事な家族」


ロベはぼくにとって大切な家族で、いつまでも一緒にいてほしいと思って描きました。


<絵画の部> 直 佳子(2年生)岡山県

作品名:「楽しい 朝ご飯」


家族が好きだからこのテーマにしました。最初は間違えないようにしようと思ってやったけど、何回も間違えて5回も描き直しました。ご飯を描くとき、おいしそうに描こうと思いました。


<絵画の部> 米田 航(6歳)福岡県

作品名:「花火」


花火がおもしろくてきれいだったから描きました。


<工作の部> 内山 詩織(6年生)兵庫県

作品名:「手のひら先生」


私は保育士を目指しているので、大人になって役に立つものを作りたかったし、手芸が好きなので、この作品を作りました。


<工作の部> 岩舘 佳与(4年生)宮城県

作品名:「花束の万げ鏡」


ケガで入院しているひいおばあちゃんに、大好きなお花を見ているようなうれしい気持ちになってもらえたらいいな……という気持ちで作りました。振りながら、いろいろなお花を楽しんでいただけたら、とてもうれしいです。


<工作の部> ブタさん 東京都ほか

作品名:「ブタさんの夢」


目立つように できるだけハデにしました。


<工作の部> 芳賀 美華(4歳)兵庫県

作品名:「シシマイ」


どこの家庭でもある物で作ったよ。お父さんがよく飲むビールのフタも大切にして歯にしたよ。


<工作の部> 川村 将太(6歳)大阪府

作品名:「ようちえんのいちにち」


自分のできることがたくさん増えました。


<工作の部> 扇橋 知花(6歳)大阪府
作品名:「小さな虫たちにも思いやりの心を!!」


小さな虫たちにも命があります。保育所で作った作品を、もう一度家で作りました。


<工作の部> 二口 英子(4年生)大阪府

作品名:「みんなで仲よく手をつなごう」


折り紙を折って、人のを絵を描いて作ると、同じ人が何人もできます。だから、“人はみんな同じで仲良くできるといいなぁ”と思って作りました。


<工作の部> 梅澤 有里(6年生)三重県

作品名:「家族の かべかけ」


“これからも家族が仲良くできますように”という思いで作りました。

<習字の部> 湊 雄太郎(4歳)埼玉県

題:「わ」


お兄ちゃん、お姉ちゃんが書いている姿を見て、自分も書いてみようと思いました。家族は大切で大事だから「わ」にしました。


<習字の部> 石井 沙季(1年生)兵庫県

題:「かんしゃ」


お父さんが大学のお仕事をすごく頑張っているので、私も「ありがとう」の気持ちを込めてがんばって書きました。私は体がとても元気で、ごはんが毎日おいしいから感謝しています。元気いっぱいに書きました。


<習字の部> 小木曽 すずな(4年生)静岡県

題:「大きな心」


私は妹のあずみがいつもいい賞をとるので悔しくてたまりません。“今度こそ負けないぞ!”と思って書きました。でも、悔しいからって、あずみをいじめちゃったりしたことを反省しました。私は一番お姉ちゃんで“いつも我慢ばかりさせられる”って思っていたけど、“あずみはあずみで大変なんだなぁ”と思えるようになりました。これからはいいライバルで、お互いに励まし合って、いい字を書けるようになりたいです。


<習字の部> 小笠原 紳介(3年生)愛知県

題:「足音」


学校で習っている文字だけど、周りのいろんな音や、どんな足音があるのか考えながら書いていると、いろんな形の字になっておもしろいと思って書いています。今回の足音はゾウかな。


<習字の部> 飯田 朋子(6年生)三重県

題:「希望」


私は、父が日本人、母がフィリピン人のハーフなので、学校では「外人」と言ってみんなに笑われる。私は世界中の人がみんな仲良く楽しく生活できるようにしていきたいです。


<習字の部> 叶井 鈴華(4歳)奈良県

題:「すき」


家族が好き!


<習字の部> 木村 麻里菜(5年生)岐阜県

題:「毎日笑顔」


文字通り、家族みんなが明るい心で、毎日笑顔を忘れずに過ごすように……

<作文の部>米田 あい (2年生) 福岡県

作品名:「弟が 生まれたよ」


弟が生まれたから作文にしました。1枚だけ書いて みたら、おかあさんが「それいいよ」と言いました。

「弟が生まれたよ」


 7月30日、弟が生まれた。

 かいもののと中で、きゅうにおなかがいたくなったおかあさん。

 おとうさんが、びょういんへはこんだ。

 よ中の11時20分に弟が生まれた。

 顔の大きさは、じゃがいもくらい。

 手はものすごく小さくて、かわいくて、かんどうしたよ。

 早く大きくなあれ。


<作文の部>高頭 浩希 (3年生) 東京都

作品名:「お父さん」


離れて仕事をしているお父さんを思いながら書きました。

「お父さん」

 お父さんは、たんしんふにんです。お父さんは、金曜日に帰ってくることがあります。土曜は、お父さんとサッカーをします。家族ででかけたりもします。

 ぼくは、お父さんが帰ってくるのが楽しみです。けれど帰ってこないときもあります。お父さんは新かん線にのってきます。お父さんのおかげで学校にいけたり、ごはんを食べたりできます。お父さんのすきなところはいっしょにあそんでくれるところとやさしいところです。お父さんが帰るときは、なんだかすごくさびしいです。ぼくはお父さんが来るときにかくれたり、ねたふりをしたりします。お母さんも、「ひろきはお父さんをむかえにいったよ」とうそをついたりします。お父さんがいる日は、いつもあそんだりします。ぼくは、お父さんにかんしゃをしています。

 1年に1どぐらいお父さんのすんでいるにいがた県長おか市のアパートにいきます。ちょっとせまいです。つくえをどかしてやっとふとんがしけます。お父さんといっしょに食じを食べると、なんだかうれしいです。ぼくは、お父さんのことが大すきです


<作文の部>程野 美華 (6年生) 徳島県

作品名:「精いっぱい 生きる」


精いっぱい生きるとはどういうことか、考えて書きました。

「精いっぱい 生きる」


 私は3才で、大好きだったおじいちゃんを亡くし、4才で両親が離こん……。たった1年で二人の肉親と会えなくなってしまいました。会いたいと思っても会えないさびしさ。でも、私よりもっとさびしい思いをしているのは、おばあちゃんでしょう。

 母の日、お母さんとおばさんが、そんなおばあちゃんに1枚の写真をプレゼントしました。それは、おじいちゃんとおばあちゃんが松江城にこん前旅行に行ったときのものをカラーにリメイクして拡大させたものです。額に入れて包装した写真を見るやいなや、おばあちゃんは泣き出してしまいました。おじいちゃんに会えなくなって8年、今までおさえていた思いが一気にこみ上げてきて、しばらく写真をだきしめて泣いていました。

 私は、夏休みに『思い出行きの電車にのって』という本を読みました。その本は、主人公が30年前に亡くなっただんなさんと思い出の国で再会することができるという話です。二人はピンク色の貝がらをポケットにしまい、海の向こうにしずむ夕日を静かに見つめ、幸せな時間を過ごしました。きっと、私のおばあちゃんも、その写 真を見て、おじいちゃんとの楽しい思い出がよみがえって泣いてしまったのでしょう。私は、おばあちゃんの姿を見て、さびしさと同時にとても心の温かさを感じました。いまでもおじいちゃんのことを愛し、大切に思っているんだと……。

 今、私は、お父さんとぜんぜん会えません。生きていても会えないというのは、さびしいだけでなく、くやしくもあります。お父さんがいない分、おばあちゃんがいつもそばにいてくれるので悲しくはありませんが、家族が仲よく暮らすことができないのはとても残念です。どんな理由でそうなってしまったのか私には分かりません。でも、私の両親が離こんしたことは変えることができません。人は生まれる場所を選べません。そして、人は親を選べません。私は、ここで生まれて、ここで精いっぱい生きて、今の家族を精いっぱい大切にできたら幸せだと思いました。

 学校の授業で、江戸時代の身分制度の中できびしい差別を受けながら、自分がぎせいになってでも、家族や村のために差別 をなくそうとした人たちのことを学習しました。きっと、家族や友だちを大切に思い、精いっぱいに生きていこうとしたんだと思います。

 私は、大人になったら、私のおじいちゃんとおばあちゃんのような、そして『思い出行きの電車にのって』の2人のような、いつまでも仲のよい、すてきな家族をつくりたいと思います。そして、これから先、私を大切にしてくれるお母さんやおばあちゃんをやさしく見守り続けていきたいです。また、差別 に立ち向かっていった人のように、家族だけでなく、まわりの人をやさしく見守り続けていきたいです。それが、精いっぱい生きることだと思います。


<作文の部>渋谷 仁杜 (3年生) 新潟県

作品名:「ぼくの夢」


“絶対科学者になるぞ!”と思って書きました。

「僕の夢」


 ぼくは、しょう来科学者になりたいです。学校の理科の実けんが大好きで、楽しいからです。ぼくが科学者になったら、さい初にしたいことは、電気の研究です。電気は家や自動車や工場やいろいろつかわれているので、電気をもっと、もっと人間や自然のためによりいいものにしたいからです。

 他に科学でしたいものは、ホルマリンは何でできているか研究したいです。ホルマリンは学校の『理科室のこわい話』という本によく出てきます。本の中、にホルマリンにつけられたカエルやヘビがビンに入れられてあります。その中のえき体がホルマリンで、その中に入れておくと、ずうっとそのままのかたちで保ぞんできるのです。そのえき体をかいりょうして、永く生きていけないかなあと思ってます。そのえき体と他のものをあわせると、そのままでいられれば、家のおばあちゃんもそのまま死なないでいられて、みんな元気でくらせるようにしたいです。

 もう一つは、今学校でじしゃくの勉強をしているので、そのじしゃくの勉強を科学に役立てたいです。先生から、じしゃくの力を利用しているものが今でも世の中にたくさんあると教えてもらいました。リニアモーターカーもその一つだそうです。ぼくは、じしゃくと電気を利用して、空気をよごさない工場のきかいや、車、だれでも、かんたんに動かせるきかいを作って、お父さんの田んぼの仕事が楽になったり、つえをついているおばあちゃんの足のかわりに、どこでも思った所に行けるきかいを発明して、みんなに喜んでもらえる世界一の科学者になりたいです。





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